勧められている件数が少ないのは、勧めるのが悔しいからと言うのはあると思う
- by けんけん,
2023/05/17
5.0/
5stars
よく出来ている。はっきりって移動ドをこれほど新しいと思ったことはない。今まで日本で一般的だったソルフェージュとの決定的な違いを二つほど。1.ドレミにシャープやフラットをつける方法を確立いや、これはひょっとしたらバークレーに限らずアメリカでは結構昔からやられていたのではないかと思われる。下手したら技自体は戦後すぐ位に開発されていたかもしれない。シをティと読むのはサウンドオブミュージック以来の伝統だから。具体的にはdo di re ri mi fa fi sol si la li ti do ti te la le sol se fa mi me re ra doこれで12音をフラットとシャープで表すという荒業を指導している。これは使える。臨時記号があっても転調しないという現象は、実はシューマンくらいから既に存在しまくっていた現象であり、ドビュッシーなどの時代になると教会旋法が全盛になり、従来のドレミがあまり意味を成さないようになってしまった。この問題は近代に至るまで解決しないままに数字で書きつつ、24の調(つまりそれぞれの音に12の長調と短調)で読むことによりカバーしていた。だから機能数字は絶対だった。機能数字を書かないと自分が今歌っている調が長調なのか短調なのかすらわからないからである。然るにこの表記方法だと、乱暴な言い方をすればハ長調とハ短調をかなり同じに近い感覚で読むことになる。和声的短音階だとdo re me fa sol le ti doとかかれるわけだ。今までの読み方ではこれは単にドレミファソラシドと読んでいた。だから短調と長調という呼び方は非常に大事だった。いや、今でも大事なのだが、頭の中での処理の仕方はだいぶ変わってくる。要は今までは24の調として意識していたのが、12の調の長調と短調という考え方になるのだ。もう、この時点ですごい。少なくとも移動ドとしての思考回路における調が12個になってしまったのである。これだけで十分とんでもない。そして、ここでは煩雑になるから書かないが、教会旋法が全てこのやり方で説明できてしまう。ピアノをギタリストと同じ概念で読むと言う荒業が出来てしまうのだ。ピアニストの多くが旋法を理解せずにひいてきたものだが(これは致し方ない。そもそも旋法と言う概念は弦楽器、それも張られているものを同時につまむものが優位に分かるように作られている)、これからはピアニストがそういう言い訳を出来ない。つまり、ドビュッシーですら移動ドで読めてしまうのである(いや、前から読めてたんだけどね。フラットの脳内変換をしないでもドレミで読めるようになったのはすさまじく大きい)2.ダイアトニック4thサイクルを上手に利用。なに言ってんの?と思う人が多いだろうが、要はパッヘルベルのカノンやフライミートゥーザムーンで使われている循環コードのこと。クラシックではドミナントサークルと言う。早い話が機能数字で言えばⅠⅣⅦⅢⅥⅡⅤⅠと、4度ずつ上がっていくと8個目でトニックに戻って、その間にその調における全てのコードを歌えると言う練習にぴったりのコードなのだが、これを全ての調に対してアルペッジョを歌いながらコードを弾いて和声感を摑むと言う練習を繰り返させる。途中からアルペッジョがなくなっているのは、半音ずれている調に関しては(たとえばGとG♭)コードを半音自分でずらせ、と言う具合担っている。もう、すごく便利ね。意味も分からず歌っているうちにその調の7つのコードを自然に覚えられるようになっている。これはきっとずいぶん昔からあった練習方法であり、しかし異常なまでに効果的だ。これをやる前とやった後だと、音のつかみ方が段違いである。普通の移動ドのテキストを摑むよりはるかに早くいろんな音をつかめるようになるはずである。ほかにもいろいろあるのだが、この本最大の特徴はこの二つだろう。メジャー7thなんてクラッシックでは使わない!と言う人は多いが、ヘンデルはめちゃくちゃ多用している。バロックの時代に流行ったゼクエンツはダイアトニック4thなしには語れないからである。クラッシックをモーツァルト以降と限定している人は多いが、本来クラッシックの運動を始めたメンデルスゾーンが、初めて他人の曲を演奏してお客からお金を取ったのはバッハのマタイ受難曲である。勉強してない人が悪いのだ。何より、この本の最大の魅力は「大人のほうがむしろスイスイ読める」と言うところではないか。大人と言うかおじさん。懐かしい曲を譜例に挙げているし、基本的に取り挙げているもの以外の譜例もなんだかとってもマンシー二やガーシュウィンっぽいのばかりである。50年代から70年代にかけての曲が多いのです。僕は76年生まれだから微妙に引っかかっていないのだが、子供のころに聞いた記憶がある曲が結構あった。そして、どうして大人でもやれるかと言うと「簡単」だからなのです。移動ドと言うものは、難しいものを数やることよりも、簡単なものをマスターしつつ和声感を身に着けるほうがはるかに大事なんですね。ダイアトニック4thのアルペッジョをやって、そのことを確信しました。前半がハ長調を徹底的にやっていて、「こんなものできるや」と思う人が多いと思うのですが、全部暗記するくらいの勢いで、と言われたら大変だと言うことがわかるのでは。出来ないと思うでしょ?出来るんですよ。なぜか?音が7個とそのオクターブ上下しかないからなのです。今まで88個あると思っていた音が7個になるわけですよ。ハ長調だから当たり前だって?でもね、移動ドはすべて7音の音程(音程とはそもそも音と音の間の幅の事を指す。音程差、と言う木庭を使うプロがたまにいるがあれは勘違いである)、つまり1度からどんなに飛んでもまあ15度。この本では8度以上は出てこない。一つの楽器を想定すると普通は9度は旋律としては書かない。現実にはでてくるが。それは旋律的はたいていの場合切れている。説明が長くなったが、つまり音の数が減ることにより(最初は長調しかやらないから本当に7つしか音がない)、「意外なほどに」暗譜できるようになるんですよ。暗譜できてなくても長期記憶の中から移動ドで歌っているうちに引っ張り出せるようになる。これは固定ドで本番を繰り返してきた人なら分かるはずのことだが、すごいことなんですよ。固定ドで本番を繰り返してきた人は「5本本番やったら5本前の作品が出てこなくなる。1週間練習したら戻る」と言うことを経験しているはずです。俺はそんなことはない?ほんとですか?自分に正直になってますか?別にどちらでもいいんですけどね。僕が言っているのは常人の話。自分が常人ではないと言い張るのであればそれはそれでよいかと。とにかくやたら引っ張り出しやすくなるんですよね。だから昨日やったことがスルスルとでてくるようになる。ほとんど快感である。そう、こういう快感は初めてハ長調の転調を一切しない曲を勉強したとき以来ではないか。そのとおりなのですよ。つまり、移動ドはパソコンで言えば脳内のショートカットなのです。いや、圧縮ファイルと言うべきか。移動ドと言うプログラムがかかっている曲を7音で歌うように命令すると、圧縮ファイルから音楽がするっと出てくるわけです。脳の負担が一気に減るんですよね。自分は移動ドなのに減らないって?そういう人こそこの本をやるべきです。たぶんそれは、臨時記号の問題がクリアできていないか、そもそも移動ドで全部読めていないか。後者だと悲しいですね。でも大丈夫です。どちらもこの本でカバーできます。予感なのですが、これで勉強するとかなり多くの「今までバッハを覚えられなかった人」が覚えられるようになるではないでしょうか。50になるまで音楽やってきて、それでも人までバッハを弾くのが怖いあなた。この本を手に取るべきですよ。たぶん、勘がいい人なら3ヶ月、遅い人でも3年で世界が違って見えるはずです。これまで分からなかった時間から考えると、はるかに短いですよこんな時間。何せ、今までのコースは分からないままに死ぬはずだったのですから。いやはや、すごい本が出たものだ。これはソルフェージュ革命だろう。案外バッハのブームがジャズピアニストの間で起こるかもしれない。そんな予感すらある本なのです。すごく簡単でシンプルなことを繰り返すだけで世界が違って見える。こんな素敵なことって、なかなか無い。ジャズと書いてありますが、バロックを理解出来ない、理解したいクラッシックの人達も手に取るべき本だと思います。いや、そもそも今までの移動ドで一つの瑕疵もなく説明できていたのは古典派と前期ロマンはだけなのだから「私はそこ以外やらなくてもいいの!」と言う人以外は手に取るべきでしょう。コールユーブンゲンも悪くない。だがあれはズルをしてしまう。数字を書き込んだものを暗譜して、試験をクリアしたら二度と使わない。そんなソルフェージュは何にもならない。全ての楽譜を常に移動ドで読むのでなければ、何の意味もないのだ。コードがあなたの和声感を助ける。移動ドは決して退屈なものでも、複雑なものでもない。移動ドは今まで使っていた脳の容量を10分の1にする、そういう実行プログラムなのですね。ダイアトニック4thサイクルのコードに乗って移動ドを口ずさめば、日に日に耳が良くなっていく。こんなに簡単でいいのだろうか。いいのだ。音楽は、本来簡単なものだったのだ。40手前でそのことを知って、それでも良かったと心から言える。著者に感謝したい。